iPhoneの健康データがもたらす、「質より量」でイノベーションが起きる未来

iPhoneを健康データの収集に活用できるプラットフォームとして、HealthKitやResearchKitが提供されていますが、これらにはどのようなメリットがあり、どう活用されるべきなのでしょうか。林信行氏の講演からひも解きます。

» 2015年06月17日 08時30分 公開
[園部修ITmedia]
ITヘルスケア学会基調講演

 初代「iPhone」がこの世に生を受けてから7年。今やiPhoneは、全世界で年間2.1億台も販売されています。そのiPhone、そしてiPhoneから派生したiPadは、医療の世界でもさまざまな形で活用されるようになりました。脳卒中の救急医療をサポートする富士フイルムの「i-Stroke」や、iPadを利用し、救急搬送の受け入れ病院を容易に探せる「佐賀県医療機関情報・救急医療情報システム」など、事例は枚挙にいとまがありません。

 そんな、医療・ヘルスケア領域で活用が進むiPhoneに、2014年の秋から用意されているのが「HealthKit」というフレームワークです。HealthKitを利用すると、多様な機器やアプリ、サービスで計測されたユーザーの体調や健康に関するデータが一元管理されている場にアクセスでき、さまざまな活用が可能です。また2015年春には、研究のために有志のユーザーからデータが集められる「ResearchKit」も導入されました。ResearchKitはオープンソースで提供されており、開発者がアプリを作る際に、自由に活用可能とされています。

 こうしたHealthKitやResearchKitは、ユーザーにどんなメリットをもたらすのか、Appleの狙いはどんなところにあるのかを、6月6日に熊本で開催されたITヘルスケア学会の基調講演で林信行氏が解説していたので、その一部を紹介します。

健康データが標準化されて蓄積される「HealthKit」

 HealthKitは、すでにいろいろな場で解説されているとおり、今まではアプリやサービスごとにバラバラだった計測データを標準化し、iPhoneの中で一元管理できるようにする仕組みです。これまでは、例えばA社の活動量計を使っていた人がB社の活動量計に買い変えた場合、A社の活動量計で計測したデータは更新されなくなり、B社の活動量計で1から計り直しになっていました。しかし、A社の製品とB社の製品、どちらもHealthKitに対応していれば、買い替える前と後のデータが継続して参照できます。また、活動量計で計測したデータを、他のアプリが参照して食生活のアドバイスをするような利用も可能です。

ITヘルスケア学会基調講演 HealthKitはさまざまなデバイスやアプリ、サービス感に分断されていたヘルスケアデータを標準化して統合する仕組みです

 つまり、ウェアラブルデバイスに搭載されている心拍計や加速度センサーから得られる情報、体重体組成計から得られる情報、尿糖計などから得られる情報といった、iPhoneに取り込めるあらゆる情報が、(ユーザーが許可した場合に限って)どんなアプリからでも利用できる形で保存されているというわけです。

ITヘルスケア学会基調講演 最近では、CGM(Continuous Glucose Monitoring)といって、血糖値を継続的にモニターする仕組みもiPhoneで実現しています

 このデータは、「病院などでも活用する方向で検討が始まっています」と林氏は言います。米国ではMayo Clinicなどが専用アプリの提供を開始しています。Mayo Clinicのアプリでは、病院で計測したデータが参照できるのはもちろん、iPhone上のデータを病院の担当チームと共有し、アドバイスをもらったり、通院の予約をしたりといった機能が用意されています。

 診断にデータを用いる際には、そのデータの「質」が問われます。医療機器ではない機器で計測されたデータを、どこまで信頼できるか、という問題があるからです。ですが林氏は「HealthKitに収集されるデータの種類はとても幅が広い。データの質を判断する“材料”があれば、多様なデータを元に診断をするようになってもいいのではないでしょうか」といいます。

 「民生用デジタル機器は、医療用機器よりはるかに速いペースで進化しています。いずれ医療用機器に近い精度でデータが取れる民生用の機器も出てくるはず。世の中のあらゆるセンサーがスマホとつながり、得られたデータはユーザーからのフィードバックを得て改善されていくでしょう。HealthKitのデータも、精度が高いデータが取れるようになっていくはずです」(林氏)

ITヘルスケア学会基調講演 iPhoneのカメラに指をかざすだけで脈拍が計測できたり、Apple Watchに心拍計が搭載されたりと、民生用の技術はすごい勢いで進化していると指摘
ITヘルスケア学会基調講演 そしてiPhoneを使って測定・管理できるデータは便座のセッティングから便の状態などまで幅広いのです

 HealthKitのいいところは、すべてのデータに出典が明記されていることだと林氏は指摘します。「ヘルスケア」アプリから個別のデータを見てみると、すべてのデータがいつ、どんな機器で計測した数値なのかが記載されているので、信頼性の低いデータを除外し、信頼性が高いデータだけを参考にすることもできるというわけです。さらに、多様なデータが取れる利点もあるといいます。

 「24時間、365日あらゆるデータが取れるようになると、個々のデータの質は低いかもしれませんが、組み合わせることで重要なことが見える可能性もあります。例えば病院に行っていない日の体調からは、医師の目の前にいる状態とは違う様子が見て取れることもあるでしょう。ビッグデータが全面的な正義だとは思っていませんが、今後とても重要になってくると思っています」(林氏)

 信頼できないデータも含まれることはあるものの、ビッグデータのように有用になる可能性も秘めているのがHealthKitの利点だというわけです。

多くの被験者を集め、研究に役立てられる「ResearchKit」

ITヘルスケア学会基調講演 すでにAppleと一部研究機関が協力して、ResearchKitを組み込んだアプリを開発しています

 一方ResearchKitは、HealthKitよりも一歩踏み込んだプラットフォームです。個人情報保護やコンプライアンスなどの観点から、日本ではまだ実用は難しいものではあるものの、研究や調査目的で被験者を集める際に、協力者を広く募ることができるという仕組みです。世界に数億人存在するiPhoneユーザーに対して、協力を呼びかけることが可能で、これまで医療機関や研究機関が単独で行ってきた募集とは異なる規模感で実験などが可能になります。

 米国では、研究機関とAppleが協力し、ぜんそく、パーキンソン病、糖尿病、乳がん、心臓血管疾患に関する調査を行う、ResearchKitを組み込んだアプリが公開されています。

ITヘルスケア学会基調講演 こと研究用医療データの収集については、量が質を上回るプライオリティだといいます

 ここでも、林氏は米国心臓協会のエデュラド・サンチェス博士の言葉を引きつつ、数の重要性を説きます。「サンチェス博士は、『数がすべてなのです。データの提供者が多ければ多いほど、サンプル数が増え、母集団を代表するデータの正確性が高まり、より説得力のある結果が得られます。大量のデータを収集し、共有できる研究プラットフォームは、医学研究にとって間違いなくプラスになるでしょう』と言っています。治りにくい病気の克服という観点でも、データがたくさん収集できるプラットフォームは重要視されています」。

 ただし、この分野はまだ始まったばかりで、可能性については未知数だとも言います。

HealthKitやResearchKitを通して実現する未来とは

 ここまで見てきたHealthKitやResearchKitは、iOSの重要な要素の1つではありますが、医療に関するすべてのソリューションをAppleが一手に手がけるための布石というわけではないと林氏は言います。

 「Appleは、常に一番色が付かない状態のものを出して、みなさんにイノベーションを起こしてもらう手伝いをする。不要な要素を取り除き、シンプルにすることで、他の人のインスピレーションを引き出すわけです。ぜひ、医療やヘルスケア業界に携わるみなさんの手で、21世紀後半の医療を作っていきましょう」(林氏)

 あくまでもAppleは、新しい医療を実現するための手段を提供しているのだという林氏。ただし、注意しないといけないこともあると続けます。

 「大事なのはテクノロジーそのものではなく、何を成し遂げるのか、です。技術ありきで開発をして応用分野を探すようでは、テクノロジーの暴走にもつながりかねません。見失ってはいけないのは、患者さんやユーザーのQuality of Lifeを向上させるということ。その目的のためにテクノロジーを活用して下さい」(林氏)

 21世紀の医療は1人1人と真摯に向き合う、Business to Indiviualへ――。それを実現するためのピースがHealthKitやResearchKitなのだと林氏は読み解きます。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
先週の総合アクセスTOP10
  1. 親が「絶対たぬき」「賭けてもいい」と言い張る動物を、保護して育ててみた結果…… 驚愕の正体が230万表示「こんなん噴くわ!」
  2. フワちゃん、収録中に見えてはいけない“部位”が映る まさかの露出に「拡大しちゃったじゃん」「またか」の声
  3. 「これは悲劇」 ヤマザキ“春のパンまつり”シールを集めていたはずなのに…… 途中で気づいたまさかの現実
  4. 「ふざけんな」 宿泊施設に「キャンセル料金を払わなくする方法」が物議 宿泊施設「大目に見てきたが厳格化する」
  5. 田代まさしの息子・タツヤ、母の逝去を報告 「あんなに悲しむ父親の姿を見たのは初めて」
  6. 「遺体の写真晒すのはさすがに」「不愉快」 坂間叶夢さんの葬儀に際して“不適切”写真を投稿で物議
  7. 大友康平、伊集院静さんの“お別れ会”で「“平服でお越しください”とあったので……」 服装が浮きまくる事態に
  8. 妊娠中に捨てられていた大型犬を保護 救われた尊い命に安堵と憤りの声「絶対に許せません」「親子ともに助かって良かった」
  9. 極寒トイレが100均アイテムで“裸足で歩ける暖かさ”に 今すぐマネできるDIYに「これは盲点」「簡単に掃除が出来る」
  10. 「奥さん目をしっかり見て挨拶してる」「品を感じる」 大谷翔平&真美子さんのオフ写真集、球団関係者が公開
先月の総合アクセスTOP10
  1. 釣れたキジハタを1年飼ってみると…… 飼い主も驚きの姿に「もはや、魚じゃない」「もう家族やね」と反響
  2. パーカーをガバッとまくり上げて…… 女性インフルエンサー、台湾でボディーライン晒す 上半身露出で物議 「羞恥心どこに置いてきたん?」
  3. “TikTokはエロの宝庫だ” 女性インフルエンサー、水着姿晒した雑誌表紙に苦言 「なんですか? これ?」
  4. 1歳妹を溺愛する18歳兄、しかし妹のひと言に表情が一変「ちがうなぁ!?」 ママも笑っちゃうオチに「かわいいし天才笑」「何度も見ちゃう」
  5. 8歳兄が0歳赤ちゃんを寝かしつけ→2年後の現在は…… 尊く涙が出そうな光景に「可愛すぎる兄妹」「本当に優しい」
  6. 1人遊びに夢中な0歳赤ちゃん、ママの視線に気付いた瞬間…… 100点満点のリアクションにキュン「かわいすぎて鼻血出そう!」
  7. 67歳マダムの「ユニクロ・緑のヒートテック重ね着術」に「色の合わせ方が神すぎる」と称賛 センス抜群の着こなしが参考になる
  8. “双子モデル”りんか&あんな、成長した姿に驚きの声 近影に「こんなにおっきくなって」「ちょっと見ないうちに」
  9. 犬が同じ場所で2年間、トイレをし続けた結果…… 笑っちゃうほど様変わりした光景が379万表示「そこだけボッ!ってw」
  10. 新幹線で「高級ウイスキー」を注文→“予想外のサイズ”に仰天 「むしろすげえ」「家に飾りたい」