車いすユーザーもApple Watchを使えるように――watchOS 3のためにAppleが取り組んだこと“ウェアラブル”の今

Apple Watchは、OSをこの秋配信されるwatchOS 3にアップデートすると、車いすユーザーに最適化された機能が使えるようになる。具体的にどんなことをするのか、機能の開発に携わったAppleのロン・ファン氏に話を聞いた。

» 2016年08月20日 06時00分 公開
[松村太郎ITmedia]

 Appleは、2016年秋にリリース予定のApple Watch向けOS「watchOS 3」で、車いす使用者向けの機能を搭載する予定だ。設定メニューで車いす機能をオンにすると、活動量やエクササイズのカロリー計算が歩行用から車いす用に切り替わり、車いすによる正確なカロリー計算を行うことができるようになる。

 この機能の開発に携わったAppleのロン・ファン(Ron Huang)氏に話を聞くことができた。同氏はロケーション&モーションテクノロジーソフトウェアエンジニアリング担当ディレクターを担当している。車いすプロジェクトは「壮大かつ楽しいプロジェクトだった」という。

Apple Watchの車いす対応でできること

 Apple Watchの車いす対応も、こうしたアクセシビリティ強化の一環として位置づけられるが、 車いすユーザーの運動計測が行える製品は初めてのものになる。しかも、健常者が使うデバイスをそのまま使用することができる点は驚かされる。

 Apple Watchの車いすモードには、ユーザーの消費カロリーの計測や、移動距離の計測が追加され、また歩行ペースと走行ペースのワークアウト2種が搭載された。

Apple Watchに追加される車いすモード Apple Watchに追加される車いすモード

 特別な追加センサーは必要なく、車いすユーザーも、手首にApple Watchを装着するだけで、これらの計測を行うことができるようになる。加えて、iPhoneのヘルスケアアプリも車いすに対応し、Apple Watchで計測したプッシュ(車いすをこいだ回数)、消費カロリー、移動距離が記録されるようになる。

 Apple Watchで、1時間に1分、立ち上がることを促す「スタンド」機能は、「ロール」機能となり、1時間に1分以上、腕を使って移動する「shift about」運動を促す表示へと変わる。こうした表現の変更以外は、通常のApple Watchと全く変わらぬ機能を利用することができる。

Time to Roll 車いすのユーザーには、「スタンド」の代わりに「ロール」(It's time to Roll!)を表示する

 ファン氏の言葉を借りれば、ウェアラブルデバイスにおける「ファーストクラスの体験」がApple Watchのテーマであるが、その体験を車いすユーザーに対しても、単体のデバイスで提供できる点には、驚くべき研究の成果が活用されていた。

奥が深い、車いすのこぎ方

 AppleがApple Watchを車いす対応させる際、Apple Watchのセンサーで得られるモーションデータが、車いすでの動作を正確に理解する必要があった。

 前述の通り、1回のこぐ動作を「プッシュ」としてカウントするが、車いすを経験したことがない人で、こぐ方法が複数通り存在していることを知る人は少ないだろう。

 Appleでは、Challenged Athletes FoundationとLakeshore Foundationという車椅子団体などと協力し、開発段階で300人以上のデータの収集を行い、 700セッション、3500時間ものデータ収集を行ってきた。watchOS 3発表後は、Apple社内の従業員や、その他の車いすユーザーによるテストで、データ収集を続けている。

Lakeshore Tredmill Challenged Athletes FoundationとLakeshore Foundationの協力を得て車いすユーザーのデータを収集している

 Appleが行う研究で、初歩の理解を助けたのは、車いすで病院を退院する際に配られる「車いすのハンドブック」だったという。

 そこには、通常の移動や坂道、段差などをいかにクリアするか、という方法が記されている。その中で、車いすのこぎ方の基本的な動きとして、「セミサーキュラー」「アーク」「シングルループオーバー」の3種類を取り入れたそうだ。

車いすのこぎ方 Apple Watchでは、「セミサーキュラー」「アーク」「シングルループオーバー」の3種類のこぎ方を認識する

 セミサーキュラーは半円を描くように車いすをこぐ方法。アークはホイールの上部を行ったり来たりさせてこぐ。そしてシングルループオーバーはホイールの上部で腕を戻しながらこぐ方法だ。

ちょっとした傾斜や床材の差にも左右されるカロリー消費

 歩く人が手首にApple Watchを装着する場合、リズミカルに歩く際には比較的容易に歩数を計測することができ、身長と体重からカロリー計算を行うことができる。

 Appleによる車いすプロジェクトのゴールは、健常者と同じように、車いすユーザーも、身長と体重を入れるだけで、日々の消費カロリーやエクササイズの計算ができるようにすることだった。

 車いすのこぎ方に種類があることにも驚いたが、歩く際には気にしないようなことも、車いすのカロリー計測には大きな変化をもたらすという。例えば、ちょっとした傾斜や、床材がそれに当たる。

 車いすは車輪であるため、ちょっとした傾斜でも転がって動いてしまう。上り坂の場合、より細かくこがなければならなくなる。また、コンクリートの地面とカーペットでも、車輪の転がり方が違うため、カーペットの方がより多くこぐ必要がある。また欧州でのユーザーが増えれば、石畳というあらたな地面の種類がより重要になってくるだろう。

 歩行であれば、歩数と距離がほぼ一致するが、車いすの場合、プッシュの回数を計測することそのものも複雑で、さらにプッシュ回数と距離には隔たりがあることも分かった。こうしたことを考慮に入れながら、Appleのフィットネス研究が進められ、カロリー計算の基礎的なアルゴリズムが作られていった。

iPhoneによる補正で、アルゴリズムをカスタマイズする

 Apple Watchは、車いすユーザーの手首の動きからプッシュを検知し、これに基づいた消費カロリーを算出しようとしている。より正確な算出を行えるようにする仕組みも備えている。いわば、アルゴリズムのカスタマイズ機能だ。

 Apple Watchのワークアウト機能のうち、屋外のウォーキングやジョギングを行う際、初回はiPhoneを持って15分のワークアウトを促されることに気付いただろうか。

 ここで何をしているかというと、Apple Watchで取得したモーションデータの解析結果と、iPhoneのGPSによる実際の移動距離を照らし合わせて、その人のワークアウトをより正確に算出できるよう、調整しているのだ。

 車いすの計測でも同様のことを行うそうだ。iPhoneのGPSデータと組み合わせて、センサーのデータとGPSによる実際の移動距離を照らし合わせて補正するという。

 すでによくチューニングされた車いす向けのアクティビティ検出のアルゴリズムを、ユーザーに合わせてさらにチューニングする仕組みを備えているのだ。

 繰り返しになるが、これらの計測に必要なのはApple Watchだけである点は非常に大きい。

 確かに車いすそのものにセンサーを取り付ければ、より簡単に車輪の回転数を取得することができるだろう。ただ、そのためには、Appleが特別なデバイスを開発したり、サードパーティーの特殊なデバイスと連携する必要がある。

 それも選択肢かもしれないが、Appleのデバイスとソフトウェアだけで解決できる問題は何か、それを追及している点は、Appleが現在取り組んでいるダイバーシティとアクセシビリティの概念を象徴している。

 すなわち、特別な製品を用意しなくても、他の多くの人と同じ製品を使って、他の人と同じ機能を体験できるようにすること。冒頭でファン氏が言った「壮大かつ楽しいプロジェクト」という言葉にも通じている、非常に大きなゴールへの取り組みとして、評価できる。

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