iPhoneの健康データがもたらす、「質より量」でイノベーションが起きる未来
iPhoneを健康データの収集に活用できるプラットフォームとして、HealthKitやResearchKitが提供されていますが、これらにはどのようなメリットがあり、どう活用されるべきなのでしょうか。林信行氏の講演からひも解きます。
初代「iPhone」がこの世に生を受けてから7年。今やiPhoneは、全世界で年間2.1億台も販売されています。そのiPhone、そしてiPhoneから派生したiPadは、医療の世界でもさまざまな形で活用されるようになりました。脳卒中の救急医療をサポートする富士フイルムの「i-Stroke」や、iPadを利用し、救急搬送の受け入れ病院を容易に探せる「佐賀県医療機関情報・救急医療情報システム」など、事例は枚挙にいとまがありません。
そんな、医療・ヘルスケア領域で活用が進むiPhoneに、2014年の秋から用意されているのが「HealthKit」というフレームワークです。HealthKitを利用すると、多様な機器やアプリ、サービスで計測されたユーザーの体調や健康に関するデータが一元管理されている場にアクセスでき、さまざまな活用が可能です。また2015年春には、研究のために有志のユーザーからデータが集められる「ResearchKit」も導入されました。ResearchKitはオープンソースで提供されており、開発者がアプリを作る際に、自由に活用可能とされています。
こうしたHealthKitやResearchKitは、ユーザーにどんなメリットをもたらすのか、Appleの狙いはどんなところにあるのかを、6月6日に熊本で開催されたITヘルスケア学会の基調講演で林信行氏が解説していたので、その一部を紹介します。
健康データが標準化されて蓄積される「HealthKit」
HealthKitは、すでにいろいろな場で解説されているとおり、今まではアプリやサービスごとにバラバラだった計測データを標準化し、iPhoneの中で一元管理できるようにする仕組みです。これまでは、例えばA社の活動量計を使っていた人がB社の活動量計に買い変えた場合、A社の活動量計で計測したデータは更新されなくなり、B社の活動量計で1から計り直しになっていました。しかし、A社の製品とB社の製品、どちらもHealthKitに対応していれば、買い替える前と後のデータが継続して参照できます。また、活動量計で計測したデータを、他のアプリが参照して食生活のアドバイスをするような利用も可能です。
つまり、ウェアラブルデバイスに搭載されている心拍計や加速度センサーから得られる情報、体重体組成計から得られる情報、尿糖計などから得られる情報といった、iPhoneに取り込めるあらゆる情報が、(ユーザーが許可した場合に限って)どんなアプリからでも利用できる形で保存されているというわけです。
このデータは、「病院などでも活用する方向で検討が始まっています」と林氏は言います。米国ではMayo Clinicなどが専用アプリの提供を開始しています。Mayo Clinicのアプリでは、病院で計測したデータが参照できるのはもちろん、iPhone上のデータを病院の担当チームと共有し、アドバイスをもらったり、通院の予約をしたりといった機能が用意されています。
診断にデータを用いる際には、そのデータの「質」が問われます。医療機器ではない機器で計測されたデータを、どこまで信頼できるか、という問題があるからです。ですが林氏は「HealthKitに収集されるデータの種類はとても幅が広い。データの質を判断する“材料”があれば、多様なデータを元に診断をするようになってもいいのではないでしょうか」といいます。
「民生用デジタル機器は、医療用機器よりはるかに速いペースで進化しています。いずれ医療用機器に近い精度でデータが取れる民生用の機器も出てくるはず。世の中のあらゆるセンサーがスマホとつながり、得られたデータはユーザーからのフィードバックを得て改善されていくでしょう。HealthKitのデータも、精度が高いデータが取れるようになっていくはずです」(林氏)
HealthKitのいいところは、すべてのデータに出典が明記されていることだと林氏は指摘します。「ヘルスケア」アプリから個別のデータを見てみると、すべてのデータがいつ、どんな機器で計測した数値なのかが記載されているので、信頼性の低いデータを除外し、信頼性が高いデータだけを参考にすることもできるというわけです。さらに、多様なデータが取れる利点もあるといいます。
「24時間、365日あらゆるデータが取れるようになると、個々のデータの質は低いかもしれませんが、組み合わせることで重要なことが見える可能性もあります。例えば病院に行っていない日の体調からは、医師の目の前にいる状態とは違う様子が見て取れることもあるでしょう。ビッグデータが全面的な正義だとは思っていませんが、今後とても重要になってくると思っています」(林氏)
信頼できないデータも含まれることはあるものの、ビッグデータのように有用になる可能性も秘めているのがHealthKitの利点だというわけです。
多くの被験者を集め、研究に役立てられる「ResearchKit」
一方ResearchKitは、HealthKitよりも一歩踏み込んだプラットフォームです。個人情報保護やコンプライアンスなどの観点から、日本ではまだ実用は難しいものではあるものの、研究や調査目的で被験者を集める際に、協力者を広く募ることができるという仕組みです。世界に数億人存在するiPhoneユーザーに対して、協力を呼びかけることが可能で、これまで医療機関や研究機関が単独で行ってきた募集とは異なる規模感で実験などが可能になります。
米国では、研究機関とAppleが協力し、ぜんそく、パーキンソン病、糖尿病、乳がん、心臓血管疾患に関する調査を行う、ResearchKitを組み込んだアプリが公開されています。
ここでも、林氏は米国心臓協会のエデュラド・サンチェス博士の言葉を引きつつ、数の重要性を説きます。「サンチェス博士は、『数がすべてなのです。データの提供者が多ければ多いほど、サンプル数が増え、母集団を代表するデータの正確性が高まり、より説得力のある結果が得られます。大量のデータを収集し、共有できる研究プラットフォームは、医学研究にとって間違いなくプラスになるでしょう』と言っています。治りにくい病気の克服という観点でも、データがたくさん収集できるプラットフォームは重要視されています」。
ただし、この分野はまだ始まったばかりで、可能性については未知数だとも言います。
HealthKitやResearchKitを通して実現する未来とは
ここまで見てきたHealthKitやResearchKitは、iOSの重要な要素の1つではありますが、医療に関するすべてのソリューションをAppleが一手に手がけるための布石というわけではないと林氏は言います。
「Appleは、常に一番色が付かない状態のものを出して、みなさんにイノベーションを起こしてもらう手伝いをする。不要な要素を取り除き、シンプルにすることで、他の人のインスピレーションを引き出すわけです。ぜひ、医療やヘルスケア業界に携わるみなさんの手で、21世紀後半の医療を作っていきましょう」(林氏)
あくまでもAppleは、新しい医療を実現するための手段を提供しているのだという林氏。ただし、注意しないといけないこともあると続けます。
「大事なのはテクノロジーそのものではなく、何を成し遂げるのか、です。技術ありきで開発をして応用分野を探すようでは、テクノロジーの暴走にもつながりかねません。見失ってはいけないのは、患者さんやユーザーのQuality of Lifeを向上させるということ。その目的のためにテクノロジーを活用して下さい」(林氏)
21世紀の医療は1人1人と真摯に向き合う、Business to Indiviualへ――。それを実現するためのピースがHealthKitやResearchKitなのだと林氏は読み解きます。
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